公益社団法人日本経営工学会
Last Update: 2019/1/17

追悼 小林靖雄先生を偲んで

東京工業大学名誉教授・岩手県立大学教授 古川浩一

小林靖雄 東京工業大学名誉教授

 小林靖雄 東京工業大学名誉教授は,平成15年10月5日に東京・帝京大学病院で81年にわたる生涯を閉じられた。

 先生は一橋大学をご卒業の後,昭和22年に戦後の復興期を迎えていた東京工業大学経営工学科に助手として採用され,以降,停年を迎えた昭和58年まで同大学に在籍され,工学部長の要職に就かれて学園紛争後の大学正常化に尽力された。先生が東工大に勤務された頃は,日本経営工学会(当時は日本工業経営学会)の創設期に当たっており,初期の本学会の発展に貢献をされ,昭和54年から58年まで副会長を務められた。

 先生の最初の著書は「科学的管理と労働」(1953)であるが,その後の「原価管理論」(1954)や「経営計画」(1959)など,コスト面から経営管理の抱える課題についての著書などで,わが国のコスト問題解決の方向付けをされた。わが国で「経営計画」という用語が表題にある本は,先生の著書が最初である。そして,「原価管理論」をさらに発展させた「原価管理」(1961)は博士論文となり,その大幅な改訂版ともいうべき「総合原価管理」(1972)では,原価管理がエンジニアリングの一部であることを強調し,原価管理研究の集大成となり,先生の代表的な著作といってよい。それに加えて,先生は,東京工業大学で勤務されてから,中小工業の研究に力を注がれ,数多くの論文,著書を上梓された。先生の最後の単著は,長年にわたるわが国の中小工業の研究をまとめられた「日本の中小工業――その経営視点」(1993)である。中小企業の研究では,日本中小企業学会の創設に関わり,昭和61年から昭和63年まで同学会の会長を務められた。

 先生は,東京工業大学で昭和40年代に吹き荒れた大学紛争の処理に尽力し,教務部長、工学部長として大学のその後の正常化に大きな貢献をされた。そして,同大学退官後は,大学の管理運営に力を注がれた。

 まず,東工大定年退官後,昭和58年に放送大学副学長に就任され,創設期の放送大学の基礎を築かれた。さらに乞われて帝京科学大学(当時は西東京科学大学)経営工学科の創設に関わり,平成7年に同大学学長に就かれ,平成12年まで学長として同大学の発展に寄与された。

 このように,先生は生涯を学者としてのみならず,大学・学会の運営にも真に大きな貢献をなされ,平成10年秋に勲三等旭日中綬章の栄に浴された。

 先生は明るく,いつも前向きで,周囲の人々を引きつけて魅了するお人柄で,その生涯を通して人生のすばらしさを多くの人に伝えてこられた。そのため,先生の周りにはつねに人の輪が絶えることがなかった。先生を喪った今,先生がよく酒の席で歌われたドイツ留学中に自作された「アーヘン夜曲」を思いだし,また一緒にスキーやゴルフに行ったときの楽しそうな先生のお顔を思い起こすしかなくなったことは,残念至極である。

 先生のご冥福を心からお祈りする次第である。