公益社団法人日本経営工学会
Last Update: 2019/12/13

会長挨拶

会長 松川弘明

いま経営工学に求められているもの

第35期会長 松川弘明

 

 経営工学会(JIMA)は経営工学の研究と応用に興味を持つ人の集まりであり,経営工学に関する理論・応用研究の成果を交流する場を提供し,各種最先端の研究成果を企業や社会における問題発見と問題解決に活用することによって,学問の進歩と社会の発展に貢献する組織であると理解しています.

 会長選挙が終わってから経営工学会の歴史について学び直し,学会の各種規定も一通り目を通しました.評議員,委員会委員,副委員長,委員長,理事,監事などの役職を経験しているので,経営工学会を分かっていると思っていました.しかし,いままで会長という立場で物事を考えたことがなく,実は経営工学会をよく分かっていなかったと謙虚にならざるを得ません.歴史ある学会の35代目の会長に選出されたことを光栄に思うと同時に,責任の重大さを感じております.

 さて,いま国内外において経営工学に求められるもの,経営工学に対する社会的ニーズはなんでしようか?この社会的なニーズを正しく把握することが,すべての組織がそうであるように,経営工学会の存続と発展の基本条件であると思います.

 科学的管理法の提案者であるテイラーは,企業における賃金制度という経営課題にチャレンジし,その問題の根底にある時間研究や動作研究を通じて,労使紛争というより大きな社会問題の解決に貢献しました〔1〕.

 これに対して,ロシアのレーニンはテイラーを批判し,暴力で政権を倒し,新しい社会制度で労使紛争を解決しようとしました.しかし,周知の通り社会主義革命は旧来の労使紛争をなくしましたが,計画経済で失敗し,ソ連邦は崩壊してしまいました.テイラーの科学的管理法は,社会の細胞を健全にすることで市場経済の仕組みを支え,市場経済はいま普遍的な原理として世界に普及しています.その意味で,テイラーは現代の社会システムを支える基盤技術,すなわち経営工学の基礎を作ったと言えます.

 テイラーは,世界初の経営工学の学術論文, “A Piece Rate System”をアメリカの機械学会論文誌に発表しました.実務における問題解決を目的に行った研究成果です.テイラーは一日のタスクを科学的に決めることを目的に,仕事を作業に分割し,さらに作業を要素作業に分割しました.要素作業という単位にすることで,動作研究を通じてより正確に,そして客観的に1日のタスク(ノルマ,任務)を決めることができると思ったからです.このタスクを正確かつ客観的に決めることで,適正賃金を設定することができるだけでなく,計画通りの生産量(出来高)を確保でき,企業は1つのシステムとして安定・継続的に社会に貢献できるようになります.

 テイラーが行った数々の作業研究は大よそ効率を3,4倍ぐらい上げると同時に,作業者の賃金を2倍程度まで上げることに成功しています.ここで忘れがちなのが,仕事が楽にできるということです.楽に仕事ができて,給料も高くなることは働く人にインセンティブ(活性化)を与えます.

 100年過ぎたいまでも科学的管理法を読み直してみると,社会のニーズに答えようとする強いメッセージが伝ってきます.

 科学的管理法から学ぶべきことはもう1つあります.現場に入って手を汚しながら労働者らとコミュニケーションをとり,コンセンサスを経て改革案を実行可能にすること,また,作業改善をはじめとする各種改善活動において,データを取って分析するだけでなく,新しいアイデアを考案し,果敢に実践するという実行力です.

 いま世界的に注目されている第4次産業革命を3つのキーワード,すなわち,情報化,自動化,および知能化(IAI)で表すことができるとするならば,固有技術を生かす技術という意味で,これらのキーワードはいずれも管理技術にサポートされており,経営工学がその中核をなすものであると思います.例えば,AI(人工知能)やIoTはデジタル革命の中核技術ですが,これらの技術はあくまでIAIを実現する道具であり,知能化水準が経営工学の知識体系にサポートされています.

 AIが人工知能として機能する理由は,それが人間の思考能力の一部を代替できるからですが,人間の創造的な思考プロセスにとって代わるものではありません.結局同じAI同士の競争になれば,勝負はそれをサポートする人間の知的能力により決まります.変化に対応できない,パターンが見つからないときには精度が落ちる,因果関係の逆転が発生する,といった問題を解決できるのは経営工学で武装した人間ではないでしようか?

 AIやIoTを操って現場の問題を解決している企業と話すと,驚くほど経営工学の理論をよく知っている人に出会うことがあります.経営工学のプロパーではありませんが,実務の中でその必要性を感じ,猛烈に勉強しているからです.このように,経営工学理論がいまのグローバル競争において必要とされる学問であることは間違いありません.

 それでは,どのようにいまの社会のニーズに応えていけばよいのでしようか?

 欧米諸国では経済システムや企業文化の違いもあり,企業が大学など研究機関に新しい管理技術を求めてきます.しかし,日本の企業では,企業内部に研修システムが存在し,大学や研究機関に管理技術を求めてくる大企業は多くありません.研修に使われている教材を読むとわかるように,経験は豊富で現場もよく知っていますが,経営工学理論の基礎がないために,ローカル用語が作られ,中核問題がつかめず,効率的な問題解決方法も分かりません.そして問題が大きくなるとコンサルティング会社に頼り,コンサルティング会社は経営工学理論に頼ります.海外では盛り上がっていますが,日本では経営工学を知らない経営者が多いのが現状であり,経営工学の普及活動が求められていると思います.
一方,大学や研究機関に従事する経営工学の研究者には,制度的に個人プレーが多く,プロジェクトの規模がやや大きくなるとそれを引き受けて最後まで責任持って遂行できないことも事実です.

 どうすればこのような難局を打開できるのでしようか?つまるところ,解答は産官学連携であると思われますが,個人プレーだけではドライブフォースが足りないと言わざるを得ません.ここに学会の役割があるように思われます.

 2020年は経営工学会の創立70周年です.東京ではオリンピック・パラインピックが開催され,産業界ではスマート工場,スマートと物流,スマート農業など,社会のスマート化が進み,新しい知能化競争時代の幕開が想定されます.我々経営工学の研究を行う研究者が社会で活躍する黄金の時代の幕開けの年になることを期待しています.

 衆智を結集するだけでなく,衆力をも結集し,公益社団法人としての公益事業を展開して産業界に貢献し,戦術的な問題解決だけではなく,戦略的な問題解決にも力を入れ,組織的に経営工学の普及活動を行って行きたいと思っています.

 最後に,35期では会員全員が「私が会長である」という立場で経営工学会の将来を考えるようにお願いします.継続的に社会のニーズに応えられる研究活動と学問の普及活動を行うことが,経営工学会の存続と発展に結びつくものであると信じており,衆智・衆力を結集して努力したいと思います.

参考文献

  1. フレデリックW. テイラー著,有賀裕子訳,(新訳)科学的管理法(マネジメントの原点),ダイヤモンド社,2009年.