
会長挨拶
第36会長 大野髙裕
この2021年6月より2年間,日本経営工学会第36期会長を拝命いたしました早稲田大学所属の大野高裕です.どうかよろしくお願いいたします.最初に自己紹介として私の日本経営工学会とのつながりをお話しさせていただきます.工業経営学科に学んでいた私は博士課程の頃からごく当然のように日本経営工学会(以下,JIMA)を研究活動の中心的プラットフォームとでした.というのも博士学位を取得するための前提条件としての査読論文は,もちろんJIMA誌に掲載されることが求められていたからです.拙い投稿論文を査読の先生方の鋭いご指摘に右往左往,ゾ~っとするような冷や汗をかきながら何度もやり取りをお願いして,何とか学位に必要な査読論文数をJIMA誌に掲載して頂きました.その時の感激とホッとした感覚は今でも忘れられません.
学位取得後は研究発表や論文投稿のほかに,学会運営のお手伝いをさせて頂く機会も頂きました.私の場合は専門分野の関係もあり,ずっと財務委員会に関わらせていただき,2000年代前半には委員長や理事も務めさせていただきました.財政の健全性を保つために経費の削減や会費値上げなどにも切り込みましたので,相当に恨まれ役だったと思います.その後は経営関係の他学会での活動が相対的に多くなり,JIMAの運営などからは遠ざかっておりました.今回,ご縁を頂きまして,またJIMA運営のチャンスを頂きましたので,能力のかぎり全力を尽くして務めさせていただきます.どうかよろしくお願いいたします.
さて,経営工学のルーツは1911年に出版されたF.W.テーラーが書いた「科学的管理法」と言われております.その頃から数えれば,経営工学は既に110年以上の歴史を有しております.日本においても,大学で紐解けば最も古く専門分野として設置されたのが1935年(早稲田大学)ですので,85年以上の長い歴史があるということになります.経営工学は特に日本の短期間の経済復興,高度成長に大きく寄与したと評価されています.産業界における生産性向上,高品質・低コストの実現は,たとえばトヨタ生産方式といわれるJITに代表されるように,経営工学のベースを無くては語れないと思います.そして,高度成長が終焉を迎え,社会が製造業中心から多岐にわたる産業への展開へと進むにつれて,経営マネジメントの知識ノウハウも高度化細分化していきました.
私が学生だった40年前は経営工学に関する「包括的」「総合的」な学会はJIMAだけで,それ以外には日本品質管理学会や日本オペレーションズリサーチ学会のように,ある経営対象領域やある管理技術に特化した学会しかありませんでした.その点JIMAは経営工学であれば経営対象領域(たて糸)でも管理技術(よこ糸)でも全ても包含する(織物)懐の深い学会としての大きな存在意義があったと思います.しかし,その後,社会状況に呼応するように、学会組織はどんどんと専門性ごとに細分化していき,小さな学会が次々と誕生していきました.それぞれの時代のトピックごとに一つの学会が誕生するといった塩梅です.それは社会状況の要請に応える学界の健全な反応,社会貢献の姿であるといえます.また産業界もその流れを一にして行動していたと思います.
しかし,そのあおりを受けて,何でも受け入れてきた万能薬のような存在のJIMAは明確な特徴を徐々に失っていったように思います.すなわち,専門特化した研究であれば,その専門学会での発表や議論の機会を持つほうが研究者としてメリットが大きいということです.そして産業界もそうしたところから得られる研究成果を事業化することのほうに注目が行っていったと思います.こうした転機の渦中にあるのが現在のJIMAだと考えます.
ところで,世の中はこれまでの専門特化したことを狭く深く追求する時代から,複雑なシステムの全体の最適性を様々な専門性を組み合わせて,多様な価値を実現すること求められる時代へと大きく変わりつつあります.それは大震災に対して狭い専門性だけでは解決できなかった反省点,あるいは国連のSDGsに賛同する行動が世界的に広がっている状況,さらには今回のコロナ禍において,これを医療だけでは解決できず,社会システム全体を変革しなければならないといった状況が目の前に突きつけられていることを見れば理解できます.つまり,狭い専門性を駆使した個別最適や部分最適ではもはや解決できない社会システムやネットワーク全体の課題が浮かび上がってきていると思います.こういう社会状況においては,それぞれの高度な専門性を有した研究者がその知見を持ち寄って,課題解決の対象とする社会システムの全体最適を達成する研究活動が必須であると考えます.
こうした状況に的確に対応できるのが,様々な経営対象領域(たて糸)や様々な管理技術(よこ糸)を包括的に織りなして美しい「織物」に創り上げる貴重な存在こそがJIMAなのではないかと考えるのです.ですから,研究者の活動もこれまで以上に,自分の研究領域の研究者との連携だけでなく,異分野の研究者との共同研究などが必要となってくるでしょう.そうなると,私たち研究者自身も研究活動のスタイルを変革しなければなりません.そしてその変革の受け皿になる(べき)プラットフォームがこれからのJIMAであると考えるのです.おそらく,どこの学会もその専門性を突き詰めるが故の他分野との研究や成果の総合化ができないジレンマに陥っていると思います.私たちJIMAがこれを解決する先鞭として新たな学会モデルを構築して社会に貢献できればと考えております.
これから2年間,どうかよろしくご指導,ご協力のほどお願い申し上げます.